PROFILE

 

プロフィール

 

キャリアハイライト

生年月日:1975年5月31日

出身地:神戸市須磨区

身長:191cm

体重:93kg

血液:B型

利き腕:右投右打

好きな食べ物:
神戸市長田区にある「けいしゅう」の焼肉

苦手な食べ物:
「とくにないっすねぇ、なんでも食べますよぉ」の一言!

好きな色:紫

尊敬している人:野茂英雄投手

趣味:多彩
(釣り、ボーリング、ゴルフ、テニス、ゲーム、なんでもするそうです!)

 

 

 

 

92年3月滝川二高を中退し単身渡米。クラブハウスボーイから出発し、同年弱冠17歳で1Aサリナスよりプロデビュー。日本人としては初の自国での経験ない異例の選手として注目される。

93年にシアトル・マリナーズと契約し、96年7月7日対テキサス戦にて メジャーデビュー。

その後3Aタコマレニエーズで中継と先発を経験し、 98年9月、2シーズンぶりにメジャーに復帰。
9月14日ツインズ戦で初勝利。 先発5試合を含む6試合に登板。

99年は渡米8年目にして、初の開幕よりロースター入りを果たした。

99年6月22日、カンザスシティー・ロイヤルズへ移籍。

2000年シーズンは先発投手として活躍し、日本人大リーガー3人目の初完封勝利を達成。先発27試合を含む32試合に登板。8勝10敗、防御率4.34の成績を残す。オフシーズンには、右肩の手術を受け慎重にリハビリに専念。

2001年のスプリングトレーニングから、周りを驚かすほどの回復を見せるなどと好投なシーズンを迎えた。
先発9試合を含む15試合に登板し、2勝5敗、防御率5.30の成績を残した。

2001年6月24日にカロラド・ロッキーズへ電撃移籍。
マリナーズ、ロイヤルズとアメリカン・リーグ一筋だったマックにとっては、初のナショナル・リーグでの挑戦となった。しかし、わずか2週間後の7月12日に今季3球団目のミルワーキー・ブルワーズに移籍となった。
ロッキーズでは、先発1試合含む3試合に登板して2敗、防御率は15.63.

今季第3球団目でのチャレンジでは、先発9試合含む15試合に登板し、3勝7敗、防御率6.35の成績で終えた。
2001年シーズン成績は、登板33試合、5勝12敗(ナ・リーグ3勝7敗)、防御率5.86。

古巣のロイヤルズのマイナーリーグ、オマハロイヤルズからのスタートを切っ2002年のシーズン。5月20日に中継ぎとしてメジャーへ昇格したが、先発1試合を含めた7試合の登板で、成績0勝2敗、防御率9.00と不振な成績で40人のメジャー枠からはずされた。再びマイナーへの降格を経験し、残りのシーズンを15試合登板、0勝1敗、防御率4.53の成績で終えた。

2003年1月、オリックス・ブルーウェーブに入団が決定。登録名は「マック鈴木」、背番号は「29」。

キャンプ中におこった右ふくらはぎの肉離れで調整におくれをとる。シーズンを2軍からスタートしたが、すぐに抑えとして1軍に昇格。シーズン前半は抑えや中継ぎ投手として連敗苦しんだが、後半は先発投手として活躍。2003年のシーズン成績は、登板29試合、4勝9敗、防御率7.06。

2004年のシーズンは先発ローテ入りで活躍に期待がかかったが、不調が続き、先発ローテからはずされ、抑えと中継ぎ投手としてまわされる。続く不調に悩まされ、後半は1軍と2軍を行き来。2004年のシーズンを1勝6敗、防御率8.57の成績で終える。
 

2005 SEASON

  2005年のシーズンは2軍からスタート。一軍登板することなく、同年オフに自由契約となった。2005年のシーズン成績は、0勝1敗、防御率7.23。オフにドミニカウインターリーグに参加。12月にはオークランド・アスレチックスとマイナー契約を結んだ。
 

2006 SEASON

  スプリングトレーニングでは、招待選手としてメジャーキャンプに参加。しかしオープン戦で結果を残せずマイナーキャンプ落ちとなり、キャンプ終盤で解雇。4月にメキシコリーグのPotros de Tijuanaと契約。4勝5敗、防御率3.48の成績で終えた。シーズン終了後、マイナーリーグIowa Cubs契約。1勝0敗、防御4.11の成績で終える。オフシーズンには、メキシコのウィンターリーグのAguilas de Mexicali、ベネズエラのウィンターリーグのLeones de Caracasに参加。
 

2007 SEASON

 

  シーズンをメキシコリーグOLMECAS DE TABASCO からスタート。5勝4敗、防御率3.28の成績で終える。シーズン後の8月、台湾プロ野球リーグのLa New Bearsと二軍契約。2勝2敗、防御率4.59の成績で終えた。